大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)857号 判決

上告人

鳥谷部喜代治

外一名

右両名訴訟代理人弁護士

長谷川靖晃

森山博

被上告人

木村ヨシヱ

外四名

株式会社ヤマウ鳥谷部臨港倉庫

右代表者代表取締役

鳥谷部清春

右六名訴訟代理人弁護士

佐々木正義

被上告人

鳥谷部喜代美

右訴訟代理人弁護士

山崎智男

被上告人

長谷川キクネ

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人長谷川靖晃、同森山博の上告理由第一、第二について

一  原審の適法に確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

1  被上告人らと上告人鳥谷部喜代治は、いずれも昭和五〇年八月二日に死亡した鳥谷部運太郎の相続人である。

上告人喜代治は、昭和四八年一〇月一日から昭和五〇年七月一六日までの間に、運太郎が株式会社弘前相互銀行青森支店の同人名義の貸金庫内に保管していた同人所有の銀行預金証書、株券等の全部をひそかに持ち出した上、順次預金の払戻しを受け、あるいは株券を売却して、払戻金や株券売却代金を着服した。

2  運太郎及び被上告人鳥谷部清春は、昭和五〇年七月一六日、上告人喜代治が右貸金庫内の運太郎所有の預金証書、株券等の全部を持ち出していることを知り、同上告人に対し、持ち出した預金証書等を返還するよう求めたが、これを拒まれた。

同上告人は、運太郎死亡後にされた遺産分割協議の席上でも、持ち出した財産の内容や処分の全容等を秘匿して明かさなかった。

3  被上告人らは、昭和五八年六月六日、上告人喜代治を被告として本件訴訟を提起し、同上告人が着服した預金払戻金及び株券(弘前相互銀行の株券を除く。)の売却代金相当額につき、被上告人らの相続分に応じた損害賠償を請求するとともに、弘前相互銀行の株券につき、同上告人がいまだ売却せずに所持しているものと考えて、共有物の保管者である被上告人清春への引渡し等を請求した。

4  被上告人らは、昭和六三年四月一四日の第一審口頭弁論期日において、前記弘前相互銀行の株券は既に上告人喜代治により売却されていることが判明したとして、引渡し等の請求を右株券の売却時における価額相当額についての被上告人らの相続分に応じた損害賠償請求に変更した。

5  また、被上告人らは、同年一一月三〇日の第一審口頭弁論期日において、上告人喜代治による預金払戻金及び前記各株券売却代金の着服を理由とする不当利得返還請求を追加した上、平成元年二月一五日の第一審口頭弁論期日において、従前の損害賠償請求の訴えを取り下げた。

6  その後の第一審口頭弁論期日において、上告人喜代治は、抗弁として、被上告人らが追加した不当利得返還請求については、被上告人らが貸金庫内からの預金証書等の持出事実を知った日である前記昭和五〇年七月一六日から一〇年の時効期間の経過により、右請求を追加する以前に消滅時効が完成している旨主張し、時効を援用した。

二1 右事実関係の下においては、被上告人らが追加した不当利得返還請求は、上告人喜代治が預金払戻金及び株券売却代金を不当に着服したと主張する点において、昭和五八年六月六日に提起した本件訴訟の訴訟物である不法行為に基づく損害賠償請求とその基本的な請求原因事実を同じくする請求であり、また、同上告人が不法に着服した預金払戻金及び株券売却代金につき被上告人らの相続分に相当する金額の返還を請求する点において、前記損害賠償請求と経済的に同一の給付を目的とする関係にあるということができるから、前記損害賠償を求める訴えの提起により、本件訴訟の係属中は、右同額の着服金員相当額についての不当利得返還を求める権利行使の意思が継続的に表示されているものというべきであり、右不当利得返還請求権につき催告が継続していたものと解するのが相当である。そして、被上告人らが第一審口頭弁論期日において、右不当利得返還請求を追加したことにより、右請求権の消滅時効につき中断の効力が確定的に生じたものというべきである。

また、前判示のとおり、上告人喜代治が持ち出した前記弘前相互銀行の株券を既に売却していたことを秘匿していたため、被上告人らは、当初、同上告人が右株券を所持しているものとして右株券の引渡し等を求める訴えを提起したものであって、その時点で右株券が売却されていることを知っていれば、訴え提起時に他の株券と同様、相続分に応じた売却代金相当額の損害賠償請求権を行使する意思を有していたことは明らかというべきである。したがって、被上告人らのした右株券の引渡し等の請求には、被上告人らの当該株券売却代金相当額の損害賠償又は不当利得の返還を求める権利行為の意思が表れていたとみることができるから、本件訴訟の係属中、右不当利得返還請求についても催告が継続していたものと解するのが相当であり、その後の口頭弁論期日において被上告人らが不当利得返還請求を追加したことにより、右請求権の消滅時効につき中断の効力が確定的に生じたものと解すべきである。

2  原審は、被上告人清春が本訴を提起したのが昭和五八年六月六日であり、不当利得返還請求権の消滅時効は本訴の提起により、中断したというべきであるとして、上告人喜代治の消滅時効の抗弁を排斥したものであるが、右に判示したところによれば、原審の右判断は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決を正解しないで若しくは原審の認定しない事実に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人長谷川靖晃、同森山博の上告理由

第一 法令違背(1)(第一事件・共有物確認等請求事件)

一 原判決は、一審判決が『原告らが本訴を提起したのが昭和五八年六月六日であることは記録上明らかであり、右時効は本訴の提起により中断したというべきであるから、右抗弁は理由がない』と判示していることを引用している。しかしながら、これは、不当利得返還義務の消滅時効について、民法一四七条一号の解釈を誤り、数個の損害賠償請求訴訟を不当利得返還請求の訴えに変更した際、訴提起時の損害賠償請求債権の訴訟物に含まれていなかった別個の不当利得返還請求債権をあわせて追加請求した場合に、追加請求した不当利得返還請求債権につき、訴提起時に時効中断を認めた点で法令に違背し、判決に影響を及ぼすことは明らかであるから破棄を免れない。

二1 被上告人が昭和五八年六月六日に提出した訴状を一読すれば明らかなとおり、請求の趣旨三項で求めている損害賠償請求債権は、昭和四九年頃から同五〇年頃にかけて弘前相互銀行青森支店貸金庫に保管してあった

① 『青森銀行、弘前相互銀行の運太郎の預金口座の大半を解約(昭和四九年頃)し、預金されていた金員、金八九〇六万四、六八〇円』(以上原文のまま、すなわち、訴状別紙物件目録七記載の預金債権一一口と解されるが合計金額は計算違いになっている。)

② 『別紙目録(三)記載の株式を売却し、その代金、金一三八九万〇、〇二〇円を』(以上原文のまま、すなわち、(株)青森銀行の株券、鳥谷部運太郎名義一万七、三三三株、鳥谷部シエ名義二万三、五二〇株と解されるが、代金額の根拠は不明である。)

をそれぞれ着服したというものである。

2 その後、被上告人は昭和六三年一月一九日付け準備書面において『(二)請求の趣旨第三項の訴えの変更(請求拡張)について』と題して、

① 森外七名の株式会社青森銀行の架空名義定期預金八口(計七、四五七万七、〇〇七円)、松尾悌吉外一一名の株式会社弘前相互銀行架空名義定期預金一二口(計一、四四八万七、八五三円)

② 訴状物件目録(五)(株式会社弘前相互銀行の株券)の売却代金三九一万五、五〇〇円及び前1項②の株式会社青森銀行株券売却代金一、二四五万二、〇〇二円

の各損害賠償請求債権に訴え変更した。

3 さらに被上告人は、昭和六三年一一月二四日付準備書面において右2項の金員につき不当利得に基づく返還請求債権をも選択的請求として主張していたものであり、昭和五八年六月六日の訴提起により同債権の消滅時効は中断したと主張し、結局、平成元年二月一四日付準備書面において不法行為に基づく損害賠償請求債権の主張を撤回し、不当利得返還請求債権のみを主張すると変更している。

三 従って、原判決が認容した前項2の①、②についての不当利得返還請求債権は、昭和六三年一月一九日付準備書面において②の青森銀行株券売却代金を除き、新たに損害賠償債権として主張されたものであり、訴提起時の前項1の①、②についての損害賠償債権のうち、②の青森銀行株券のみ同一性があるだけで、他の株券、預金債権との間に同一性を認めることはできない。

すなわち、前項1、2の各①、②を比較すると2の①はすべて仮空名義人であり、1の①は運太郎が名義人であるし、その口数、預金額も全く異なっている。

前項1、2の各②を比較すると、青森銀行株式分は同一だが、運太郎名義の弘前相互銀行株式分は当初の請求に存在しなかった。

このように、預金債権に関しては、昭和六三年一月一九日付準備書面の2の①(判決目録記載も同じ)預金と訴え提起時の預金とは全く別個のものであり、そこに同一性を見出すことは困難であり、銀行株式についても弘前相互銀行株式分は当初から請求されていない(訴状では有価証券中別紙目録(五)を除外している)。

これら異なった預金債権、株式は、被上告人が第一審青森地裁において、昭和六三年一月一九日付で提出した準備書面で請求を拡張して初めて明らかに主張されたものであり、新訴の提起というべきものであり、この日が時効中断事実発生日と解すべきである。よって、請求の拡張時には、不当利得返還義務の消滅時効期間(一〇年)を経過していたもので消滅時効が完成したというべきである。

四 最高裁第二小法廷は、昭和四五年七月二四日に不法行為債権に関し『一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、訴提起による消滅時効中断の効力は、右債権の同一性の範囲内においてその全部に及ぶ』旨判示した。

本件は、不当利得返還請求事件であるが、被上告人は訴提起当時(昭和五八年六月六日)には、貸金庫に保管されていた預金、株式について運太郎、シエ名義のものは容易に各銀行に問い合わせて知っていたか、知り得るものであり、弘前相互銀行の松尾他一一名預金解約分については、昭和五〇年七月一六日には把握していたし(甲第一二号証の一、二、同第二一号証の一、二、三)、森外六名の預金の存在については別件訴訟において矢倉喜代治税理士が昭和五七年五月二七日に証言しており(乙第二六号証)、これを認識していたにもかかわらず、訴え提起時に前記二項2の①の各預金、②の株式会社弘前相互銀行株式を明らかに除外していたのであるから、この部分については未だ請求等の権利行使がなかったものであり、かつ訴提起時の損害賠償請求債権(前記二項1の①、②)の同一性の範囲内になく、さらに最終的に損害賠償請求債権の訴訟を取下げているのであるから、消滅時効中断の効力は及ばないものと解すべきである。

第二 法令違背(2)(第一事件)

一 原判決は、第一の一で示したとおり判示した。しかしながら、当初、民法七〇九条に基づき損害賠償請求権を行使し、後に民法七〇三条に基づき不当利得返還請求を行使した場合に仮に右両請求権がその基礎となる事実関係を同じくし、同一損害の填補を目的とするものであったとしても(但し、基礎的事実関係を異にし、同一損害でないことは第一にのべたとおりである。)、両請求権はそれぞれ成立要件を異にし、実体法上別個独立のものであるから、民法一四七条一号の『請求』があったものと解することはできず、損害賠償請求債権の訴提起時に、不当利得返還請求債権の時効中断を認めた点において、同法(法令)に違背し、判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。

二 最高裁第三小法廷は、昭和五〇年二月二五日判決において、自賠法三条に基づき国に対し損害賠償を提起した本訴に、安全配慮義務違背に基づく損害賠償を求める裁判上の催告が含まれており、この催告が係属している間に、前記裁判上の請求があったから時効は完成していないとする考え方を否定し、これを前提に、国の安全配慮義務違背を理由とする損害賠償請求権の消滅時効期間は、一〇年と解すべきと判示している(柴田、最判解民昭五〇・六九頁九行)。

同様に東京高裁民事一四部は、昭和五七年七月一五日の判決において、安全保護義務違反による損害賠償請求の主張をもってこれとその基礎となる事実関係を同じくする不法行為による損害賠償請求権についても裁判上の請求があったものと認めることはできないと判示しており、その理由は、両請求権はそれぞれその成立要件を異にするものであって、実体法上、別個独立の請求権と解すべきとしている(判例時報一〇五五号五一頁)。

三 本件は、不法行為による損害賠償請求権と不当利得返還請求権に関する時効中断の問題であるが、両請求権がそれぞれ成立要件と効果を異にし(従って、『因果関係』の立証責任も異なってくる)、実体法上別個独立の請求権であることは前項と同じである。更に、時効の起算点についても、不法行為は『損害及び加害者を知りたる時』からであり、不当利得返還請求権の時効起算点は不当利得返還請求権の発生と同時と解されており(大判昭一二・九・一七民集一六・一四三五)、時効期間も異なるのであるから、時効中断の場面においては、両請求権は別異に取り扱われることが両請求権の時効における異質性に合致し、不法行為による損害賠償請求の主張をもって、不当利得返還請求権についても裁判上の請求があったものと認めることは相当でない。

第三及至第六 〈省略〉

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